紙の大きさ、厚味をつくります。


手仕事と言うのはどんなものでもそうなのだろうが、準備にかかる時間が大半であって みんなが知っている一番華やかな仕事はほんの一部にすぎない。

紙作りも例外ではなく、原料を作るのに早くて4日、普通は10日以上もかかってしまう。 そしてやっと紙漉となるのである。

「尺八は首振り3年って言うけど、紙漉は腰振り3年って言うんだよ。」

「腰振りですか?」

「上体だけで漉くのではなくて、体全体を使うからね。やってみるとわかるけど結構腰が痛くなるよ。」

「見ているだけだとわかりませんね。ところで、和紙と欧米の手漉き紙はどんな所が違うんでしょうか」

「まず、原料が違うね。和紙は木の皮を使うのに対して欧米ではパルプ(木の芯)や衣類のぼろ等を原料としているんだよ。もうひとつ大きな違いは漉き方で、和紙はねりを使った流し漉きで、欧米はねりを使わない溜漉きだということなんだよ。」

「ねり、ですか?」

「ねり、と言うのはアオイ科のトロロアオイと言う植物の根っこから取れるトロトロした粘りのある液のことで、
これを混ぜる事によって繊維が水中できれいに分散されて浮遊するので、日本独特の技法である流し漉きができるんだよ。
ただしこのねりは、温度やバクテリアに弱いから保存するのが大変なんだ。つまりねりの保存が紙漉のポイントでもあるんだよ。」

「溜漉きというのはどういった漉き方なんですか。」

「まず、ねりは使わないんだ。そして一度ドブンと、紙料を汲み込んだら前後左右にゆるやかに簀桁を揺り動かして繊維を絡み合わせて水分を抜くんだ。そして、紙床(しと)『漉き終わった紙を重ねてできる湿紙の束』に移して紙と紙の間に布を挟むんだよ。
それに対して、流し漉きはねりを入れて何度も紙料をすくって一枚の紙を作るんだよ。
一般的にはまず、ごく少なく汲み込んで紙の表を作る。これが「初水」(うぶみず)。
次にたっぷり汲み込み簀桁を前後に揺り動かして繊維を絡み合わせる。これが「中ゆり」。
最後に 紙料を汲み、手前から前方に流し捨てる、これが「捨て水」。こうして一枚の紙ができるんだよ。」



「紙の厚みを変えるのはどうすれば良いんですか。」

「舟のたて方だね。舟っていうのは紙料と水を入れる大きな四角い木の箱のようなものだけど、
厚物を漉くなら紙料を多めに入れて濃度を濃くすればいいし、薄物を漉くなら濃度を薄くすればいいんだよ。
でも紙の厚みを揃えるのはゲージがあるわけじゃないから簀がどの程度透けて見えるか、とか、横から見たときどのくらい盛り上がっているか、とか、「カン」にたよるところが大きいと思うよ。
紙の厚みは一生かかるっていうからね。
後は原料の素材によっても紙を漉いたときの見え方と、仕上がった時の紙の厚みが変わってくるよね。」

「どういうことでしょうか。」

「楮、三椏、雁皮、それぞれ保水性が違うんだ。だから同じ厚みの紙を作る場合、漉いて まだ簀の上に湿紙がのっているときその見え方と言うか、厚みが違うんだよ。
どちらかと言うと楮は少し薄めに漉いた方がいいし、三椏は少し厚めに漉いた方が仕上がった時思い通りの厚みになるんだよ。」

「本当に一生かかりそうですね。その他に難しい事はどんな事ですか。」

「一番難しいのは「汲み込み」だよね。これができない事には紙漉きは出来ないからね。
流し漉きの場合、何回も紙料を汲み込むわけだけどこの時上手に汲み込めないと、前に汲み込んで簀の上にのっている原料が水圧でめくれてしまうんだ。
これがなかなか出来ないんだよね。」

「ある程度漉けるようになるのに、どのくらいかかるんでしょうか。」

「そうだね。素人からで3年位かな。一人前になるのには10年くらいかかると思うよ。」

「奥が深いですね。この紙漉の道具もすごいですよね。」

「これは簀桁(すげた)と言って竹やカヤを編んで作った簀を、ひのきで作った桁という木の枠に挟んで使うんだよ。」

簀という道具はよく夏になると窓にたらす簾をもっと緻密に、工芸的にしたようなもので 直径1ミリにも満たないような竹ひごを柿渋を塗って丈夫にした絹糸でつなぎ合わせて 作られている。

「ひごの太さは一定なんですか?」



「いや、紙の厚い薄いによって変わるんだよ。厚様のひごは太めで、薄様のひごは細いんだよ。ひごにする竹は真竹や淡竹(はちく)がいいらしいね。」

「カヤ簀っていうのは珍しいんですよね。」

「そうだね。カヤ簀はススキなんかを使うんだけど、同じような太さのものを目で見て選んで採ってくるんだよ。竹は道具を使って太さを揃えるけどカヤは自然の太さのものだから大変だよね。」

「この道具だけでも一種の工芸品みたいですね。ずいぶん高いんでしょうね。」



「60cm×90pの紙を作る簀桁を新調すると約30万円くらいかかるんじゃないかな。」